下谷龍泉寺町時代について(一葉の第2の転機)
一葉は小説を書くかたわら、生活苦を商いによって打開しようと決意します。そのため一葉は、母と妹と共に明治26年7月20日、下谷龍泉寺町三百六十八番地の二軒長屋へ転居し、8月6日から荒物雑貨・駄菓子店を開業しました。
一葉の文学にとって半井桃水との出会いが第1の転機とすれば、ここでの生活体験は第2の重要な転機となっています。一葉は商売のかたわら暇を見つけては、上野の図書館に通い、真の文学、小説の在り方を探求しました。また、さりげなく吉原見物をしたり、店に来る子供達を観察しながら、鋭い人間洞察、社会認識を深めて、文学的にも人間的にも大きく成長したのです。
一方で、商売の売上は思わしくなく、一葉は店を閉じ、明治27年5月1日に本郷丸山福山町四番地へ転居しました。
この後、明治27年12月に「大つごもり」を『文學界』に発表してから、連載されていた「たけくらべ」が完結する明治29年1月までの14ヶ月間という短い期間に、一葉の最高傑作といわれる代表作が全部執筆されています。
この期間は、後の研究者によって<奇跡の14ヶ月>と呼ばれるようになりました。
明治27年 | 12月 | 「大つごもり」を『文學界』に発表 |
明治28年 | 1月 | 「たけくらべ」を『文學界』に連載開始 |
4月 | 「軒もる月」を『毎日新聞』に発表 | |
5月 | 「ゆく雲」を雑誌『太陽』に発表 | |
8月 | 「うつせみ」を『読売新聞』に発表 | |
9月 | 随筆「雨の夜」「月の夜」を『読売新聞』に発表 | |
「にごりえ」を『文藝倶樂部』に発表 | ||
10月 | 随筆「雁がね」「虫の音」を『読売新聞』に発表 | |
12月 | 「十三夜」を『文藝倶樂部』(「閨秀小説」)に発表 |
一葉の旧居について
(三浦宏氏作 龍泉寺町居宅模型)
下谷龍泉寺町の住居であった長屋の間取りは、間口二間、奥行五間半の十一坪。
店は六畳、次に五畳間、三畳間と続く、狭くて粗末なものであった。
瓦葺平屋の二軒長屋で、隣は人力車夫が住んでいた。